62歳の記念日に
何かもっともらしいことを書こうと思ったのですが、
特に書くこともなく、
今日、高層ビルの写真を見ていて
思ったことがあるんです。
権力の象徴
高層ビルを見ると
時々、そう思うことがあって
裏返すと少しそんな
権力への「憧れ」があった
のかなぁってね。
自分がどんなモノに執着しているかで
深いところにある自分に行き着くことがあります。
大工になりたいという幼い頃の願望は
もしかするとモノに作りが好きではなく
完成した建物への憧れだったかもしれない。
こんなことを考えた62歳の朝でした。
ところで、
私は自分が体験して感動したことを、
他の人に伝えるのが苦手でね。
どうにか伝えたいと、
興奮状態のまま話すのがいけないのかと思って、
一晩おいて話しても結果は同じです(笑)
私が話すといつも起承転結がバラバラなのも
原因の一つですが、それだけではない。
根本的に何かが違うと考えてみたのです。
ある人がこう話していました。
「自分がいる立ち位置から、
相手のいる立ち位置に向かって話しても伝わらない
伝えたければ自ら相手の立ち位置に迎えに行きなさい」
解りにくいですか?
自分が観て聴いたものを
自分の中で勝手に削除・省略したり
歪曲して話しているのですから、
相手にしてみたら、
自分が観ても聴いてもないこと、
興味がないことまで聴かされ、
しかも、削除・省略や歪曲までされているのだから
伝わるはずもありません。
人が興味を持つことや
感動することはそれぞれ違います。
もちろん、違って当たり前ですが、
もし少しでも臨場感を伝えないと思ったら
相手が興味を持ち理解できる共通言語で
話すことが大切かも知れませんね。
自分が感動したことを
伝えるのが上手い人って
きっと相手との共通語を知っているのですね。
相手のことを知りたいと思っていないと
自分のことも伝わらないということかな。